昆虫食から広がる、新しい地域ビジネスのかたち — サイブートン郡で育った、生産者組合の一年

 ラオス・カムアン県サイブートン郡。
 森や畑に囲まれたこの地域では、昔から昆虫を食べる文化が人びとの暮らしの中に息づいています。
 ISAPHは、この地域で古くから大切にされてきた食文化を出発点に、昆虫養殖を通じて「食」と「収入」の両方を支える仕組みづくりに取り組んできました。2024年度までに多くの農家が市場で販売できる品質のゾウムシを育てられるようになり、2025年度はその次の段階として、「どう売るか」「どう続けるか」に本格的に向き合う一年となりました。

今年度の大きな柱は二つです。
 ①住民たちが自分たちの組織をつくり、協力して販売に取り組むための土台づくり。
 ②外から種苗をもらわなくても養殖を続けられるよう、地域の中で生産の循環をつくること。

この一年間を通して、サイブートン郡では住民主体の組織づくりと、持続可能な生産体制づくりが、少しずつかたちになってきました。

自分たちの組織をつくる-住民主体の第一歩

 2025年度の前半、養殖農家や行政関係者とともに、これまでの活動を振り返りながら、今後の課題や方向性について話し合いを重ねました。その中で強く見えてきたのは、「個人で作る」段階から「みんなで売る」段階へ進みたい、という養殖農家たちの意欲でした。
 こうした動きを受けて、郡産業商業局の後押しのもと、協同組合の設立に向けた準備が進められました。

 ラオスでは相互扶助の考え方はあるものの、実際の生活は家族単位で成り立っていることが多く、組織として責任や役割を分担する仕組みはまだ十分ではありません。そのためISAPHは、まず理念を先に掲げるのではなく、「収入につながる実践の場」として協同組合を育てていくことを重視しました。
 その結果、7月には20名の組合員と7名の運営委員による生産者組合が正式に立ち上がりました。運営委員には、これまで地域で技術普及を支えてきた住民リーダーたちが選ばれ、信頼を土台にした運営体制が整えられました。設立時点では、稲作の繁忙期と重なったこともあり、参加できた農家は一部に限られましたが、あとから参加できる仕組みを残したことで、今後さらに組合の輪が広がっていく余地が生まれています。

パークワイトン村での成虫生産に関する聞き取り調査

「何を作るか」から「どう届けるか」へ

 組織づくりと並行して進んだのが、販路づくりと商品づくりです。
 ISAPHはまず、都市部のカムアン県ターケーク郡の住民を対象に、どのような食品が求められているのかを調べました。
 その結果、消費者が食品に求めているのは、単に珍しさだけではありませんでした。
 「地元で作られていること」
 「衛生的で安心できること」
 「辛さが強すぎないこと」
——そうした、毎日の食卓に近い視点が大切にされていることが見えてきました。
 また、ラオスの若年層には昆虫を食べたことがない人たちも多く、「昆虫食」という言葉だけで身構えられてしまうこともあります。まずは手に取ってもらうための細かな工夫を積み重ねました。

 この調査結果をもとに、パッケージデザインにはサイブートン郡の若い人材も加わり、親しみやすさや清潔感のあるデザインを採用し、味付けも複数の好みにこたえられるよう工夫をしました。
 さらに、市内の複数の店舗で試験販売を行い、店主への聞き取りも重ねました。
 このプロセスを通じて、消費者の暮らしぶりや購買傾向には幅があり、それぞれに合った売り方を考える必要があることがわかってきました。

 市場や屋台で気軽に買える商品、小規模なスーパー等で見栄えよく並ぶ商品、付加価値を持たせた商品。生産者たちは、「育てること」だけでなく、「誰に、どう届けるか」を考えるようになっていきました。

 

消費者のニーズに応え、味付けを工夫

こだわりのパッケージデザイン

「村の外に学び、村の中で育てる

 2025年度には、視察や研修を通じて養殖農家たちの視野を広げる機会も数多くありました。
 首都ビエンチャンでは、ラオス国内で地域ブランドづくりに成功している生産者組合を訪問し、SNSの活用や、地域に根ざした商品づくりについて学びました。
 また、タイでは、大学や農家、行政が連携しながら昆虫ビジネスを育てている事例を視察しました。そこでは、加工技術の研究、流通の工夫、都市部への安定供給など、ラオス側がこれから向き合うべき課題がよりはっきりと見えてきました。
 特に大きな学びとなったのは、農村で生産したものを都市へ届けるには、「作る」だけでは足りないということです。
 集める人、運ぶ人、売る人。それぞれの役割がかみ合ってはじめて、継続的な販売につながります。

 住民たちにとっても、こうした学びの機会は大きな刺激となりました。
  「遠い場所の話」ではなく、「自分たちにもできるかもしれない」という感覚が、少しずつ芽生えていったように見えます。

養殖農家たちの研修の様子

外からもらうのではなく、地域の中で回していく

 今年度後半に力を入れたのが、種苗生産の強化でした。
 これまで多くの農家は、養殖に必要な卵を産む成虫を外部から受け取って生産を続けていました。しかし、それでは本当の意味で自立した養殖にはなりません。そこで、組合員を対象に、成虫を自分たちで安定して生産するためのトレーニングを段階的に実施しました。
 はじめに現状を調べてみると、すでに経験のある農家もいましたが、成虫になる前に死んでしまう、寒い時期に生産が落ちる、雄と雌をうまく見分けられないといった課題が見えてきました。
 これに対して、運営委員が中心となって一般の組合員に教える形で、地域内での技術移転を進めました。
 ISAPHのスタッフは、メッセンジャーグループを活用して、蛹へ移すタイミングや管理方法をこまめに共有し、住民同士の学び合いを後押ししました。
 寒い時期には、家の中の囲炉裏の近くで飼育することで温度を保てることも分かり、地域の暮らしの知恵を生かした工夫も広がりました。さらに、繭を適切な時期に取り出すことや、雄雌を見分ける方法など、細かな技術も少しずつ定着していきました。
 その結果、年度の終わりには、組合員が外部供給に頼らずに養殖を続けていくための目安に届く水準まで、生産が伸びてきました。
  これは単なる技術向上ではありません。
  地域の中で「育て、次につなげる」力が育ってきたということです。

パークワイトン村運営委員による成虫生産

パーコーン村の一般組合員へ雄雌の判断指導

収入につながり、暮らしの中で意味を持ちはじめた

 年度末の聞き取りでは、組合員の多くがゾウムシ販売によって現金収入を得ていることが確認されました。
 そして、そのお金は、主に日々の食料購入に使われていました。ほかにも、子どもの学びや家庭の暮らしを支えるために役立てられている様子が見えてきました。
 ここで大事なのは、金額の大きさだけではありません。
 自分たちで育てたものが売れ、それが家族の生活に戻ってくる。 -その経験自体が、住民たちにとって大きな意味を持っています。

 一方で、販売の課題として多く聞かれたのは、「もっと売りたいが、生産がまだ十分ではない」という声でした。これは裏を返せば、売れる可能性を住民たち自身が感じ始めているということでもあります。

一年の積み重ねが、次の土台になる

 2025年度、サイブートン郡では、住民主体の生産者組合が立ち上がり、市場を意識した商品づくりが始まり、地域内で種苗を回していく力も育ってきました。まだ、共同販売の実務や物流、安定した販路づくりなど、残された課題は少なくありません。組合としての意思決定や役割分担も、これから実践の中で鍛えられていく段階です。
 それでもこの一年で確かに言えるのは、活動が「支援されるもの」から「自分たちで動かすもの」へと変わり始めたことです。

 ISAPHはこれからも、住民、行政、市場をつなぐ立場として、地域の食文化と暮らしに根ざした挑戦を支えていきます。
 昆虫食という一見ユニークなテーマの先にあるのは、特別な話ではありません。
 地域にあるものを生かし、地域の人たちが、自分たちの力で暮らしを支えていけるようにすること。
 サイブートン郡で育ち始めたこの小さな仕組みは、そんな未来につながる一歩です。

パーコーン村にて運営委員から一般組合員にトレーニング

ISAPHラオス事務所 石塚 貴章

※本事業は、一部「アジア生協協力基金」の助成を受けて実施しています。

ISAPHの活動を、あなたの力で未来へつなげませんか?

ISAPHの支援は、物を配るだけの支援ではありません。
人々が自分の力で生き、家族を守り、地域の未来をつくっていけるようになるための“伴走”です。

もしこの記事を通して「この取り組みを応援したい」と感じていただけたら、 ISAPHの活動をぜひ支えてください。

あなたのご支援は、ラオスやマラウイの人々が 自分の手で未来を切り開く力になります。

ISAPHを寄付で応援する!