ラオスは人口密度がとても低い国です。国土は日本の60%程ありますが、人口は5%程度しかありません。数百人規模の村(集落)が国中に点々と存在していて、保健医療サービスを効率的に届けることが非常に困難な状況にあります。
ISAPHの事業地、サイブートン郡の妊産婦死亡率は10万人中123人(DHIS in Laos, 2019)、乳幼児死亡率は1,000人に53人(DHIS in Laos, 2019)です。乳幼児の死亡にも関連する栄養指標の発育阻害(stunting)、消耗症(wasting)、低体重(underweight)は改善されつつあるとはいえ、東南アジアの国の中でも特に高い値を示しており、更なる改善が急務です。
しかし、地域住民の健康や栄養に対する認識は低く、道路などインフラの未整備や地域間格差、文化的障壁などもあいまって、多くの住民が十分な母子保健サービスを受けられていません。
妊産婦が亡くなるケースは、3つの手遅れのひとつか、それ以上が起こったときに発生すると言われています。
3つの手遅れとは
ラオスでは、妊娠中の体であっても農作業が優先されることがあるため、なかなか病院に行く時間が取れず、結果的に自宅で出産するケースが少なくありません。自宅出産の場合、出産後のトラブル(出血など)が生じたときに、必要な医療サービスを受けることが遅れ、高い妊産婦死亡率につながります。
乳幼児死亡率が高い理由は新生児期の死亡、肺炎、下痢など、適切な介入がされれば予防できる原因がいまだに多いとされています。
新生児死亡は、生まれた時の低酸素や感染症などが原因で、多くが出産後数日以内に起こります。また、肺炎や下痢などの感染症で亡くなる原因は、もともと栄養状態が悪く、体力がないことが要因として指摘されています。
ではなぜ、ラオスの子どもたちは栄養状態が悪いのでしょうか?
子どもの栄養状態については、「最初の1,000日」、すなわち、妊娠期の栄養~完全母乳栄養~適切な離乳の開始と完了が重要になりますが、ラオスでは、6ヶ月未満の乳児のおよそ半分は完全母乳育児を受けていません。また、6ヶ月未満の乳児にモッカオ(母親が咀嚼して柔らかくしたもち米)を与えることや食物タブーの習慣が残っています。
さらに、子どもが摂取している食品の種類が炭水化物とタンパク質、野菜類に偏り、脂質やビタミンA、鉄・カルシウムなどの栄養素が極端に不足しています。その結果、慢性的な栄養不良となり、発育阻害(stunting)の子どもの割合が30%以上います。
ISAPHが大切にしたいことは「住民主体の健康づくり」です。医療従事者が主導する保健医療サービスではなく、住民が自己管理できる健康増進活動に重点をおいた活動を目指しています。
これまでISAPHは現地の保健局の協力の下、母子保健・栄養改善に携わる人材の強化とアウトリーチ活動(産前健診/産後健診、予防接種、成長モニタリング、家族計画、健康教育等)を支援してきました。
ISAPHは、保健医療職員と住民の間のソーシャルキャピタル(信頼関係)を醸成することと、住民が母子の健康と栄養に関する正しい知識を身につけ、健康的な生活習慣を獲得する動機づけを育むことで、住民の健康希求行動を強化し必要だと感じた時に、母子保健医療サービスを利用できるようにしたいと考えています。
ISAPHは、サイブートン郡保健局・病院で働くすべての職員が、住民への健康教育を実施する力を身につけるため「健康教育能力強化研修」を開催してきました。
本研修は講義・演習・実習で構成され、講義では健康教育の話し手として、聞き手が情報を理解できるように伝えるための考え方、心構え、コミュニケーション技術や道具・教材の使い方等が説明されました。
健康教育の最終的な目標は、住民がより健康的な生活スタイルを身につけることですから、住民の生活をしっかりと理解する必要があります。教材やテーマは講師から振り分け、自分が得意な方法だけに偏らないように工夫されていました。
研修の学びが本当の意味で彼ら自身のものとなるように、ISAPHは郡保健局・病院で働く職員が、アウトリーチ活動を毎月必ず実施して、その中で住民に必要な健康教育が実施されるように支援してきました。
各村には国の政策として、村落保健ボランティアをはじめとした村落保健委員会があり、住民の健康を守る役割を担うことが期待されています。しかし、残念なことに村落保健委員会が効果的に機能していないことがあります。
ISAPHが活動する村でも、母親が自宅で分娩して赤ちゃんが亡くなるケースが毎年発生しています。そのため、村落保健委員会の機能を強化し、彼らが主体的に住民の健康づくり活動に取り組んでいくための心理的・能力的な支援をしています。
公益財団法人味の素ファンデーションによるAINプログラムのご支援を受け、村落栄養ボランティアを育成するための研修を行いました。
栄養ボランティアが講義や演習で学んだ知識を住民に伝えていけるように、栄養教育や離乳食の調理実演をする機会を設けてきました。
その結果、多くの住民たちがそれとなく行っている生活習慣が母子の栄養、子どもたちの成長にどのように影響しているのかを理解することができました。
「子どもが病気にならないよう気を付けたい」と思ったとき、どのようにしてその情報を入手されるでしょうか。
私たちが活動しているサイブートン郡の村においては、住民が頼ることができる情報源が非常に限られています。インターネットやテレビは一部の家庭にしかなく、本があっても字が読めない人もいます。病院までは距離が遠く、もし費用が必要になる場合は、それらを支払うだけの余裕がありません。
このような事情でサイブートン郡保健局・病院の職員が定期的に村を訪れてアウトリーチ活動することで住民に必要な保健医療サービスを提供することができます。
ISAPHが支援する村では郡保健局の協力のもと、毎月アウトリーチ活動が実施されており、小さな子どもを抱える家族に対し、子どもたちの健康に必要な情報や保健医療サービスを提供しています。具体的には妊産婦健診や産後健診、予防接種、子どもの成長モニタリング、健康教育、モバイルクリニックなどのサービスを支援しています。
5歳未満児の死亡は、2016年度には6件でしたが、2019年度は4件にまで減少しました。また、2016年度には22%であった施設分娩率が2019年度には69%まで向上し、妊婦健診(4回以上)の受診率も35%から81%へと上昇、予防接種率も95%以上の高さを維持するといった成果を収めることができました。
この背景には、住民が「健康を守るための保健医療サービスを知り、より利用するようになったこと」、「子どもの健康や成長にとって良い行動が何かを知ることができたこと」の2つが挙げられます。今後は事業地を拡大し、住民が主体的に健康的な生活習慣を獲得できるコミュニティを広げていく予定です。
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