はじめまして。ISAPHの栄養改善事業に参加しております、食用昆虫科学研究会の理事長、佐伯真二郎と申します。2017年度より公益財団法人味の素ファンデーションによるAINプログラムの助成を受け、ラオスに滞在しながら昆虫食を含めた栄養改善事業を検討し、実証研究をしています。この記事では昆虫食の未来に向けた可能性、昆虫食による国際貢献とは何か、そして住民目線の支援を目指す中で昆虫はどう機能するかについて、まだまだ勉強中ですが紹介していきたいと思います。
世界の食料安全保障と昆虫食の可能性
2013年にFAO(国連食糧農業機関)が昆虫食を推奨する報告書を公開したことで世間の印象は大きく変わりました。私が所属している食用昆虫科学研究会は2011年から活動していますが、報告書以前の昆虫食研究への風当たりは強く、一般の人からは単なるゲテモノや悪趣味として扱われ、研究者からも昆虫食が広まるなんて机上の空論であって、昆虫食を推奨する活動はマーケティングであっても研究ではないと指摘されたこともありました。2013年の報告書内で特に注目されたのは昆虫食による温室効果ガスの低減です。コオロギやミールワーム、トノサマバッタは体重増加あたりの温室効果ガス排出量が哺乳類家畜(ウシブタ)に比べて少ないと指摘された論文によるものです。その後の研究により、エサの入手からフンの処理、出荷のプロセスに至るまでの全体の環境影響評価(ライフサイクルアセスメント)を行った論文でも、効率の高いニワトリと比較してコオロギは同等であったこと、そして今はまだ効率の低いコオロギ養殖産業が、実験室レベルの効率まで高まると、更にニワトリよりも低い環境負荷になる可能性が示されています。つまり、昆虫養殖はこれからもっと技術が発展し、世界の食肉生産の一翼を担う存在になれそうなのです。そこからメディアでの取り上げ方も大きく変わり、2014年には韓国で、2017年にスイス、2018年にはEUで食用昆虫の養殖販売が可能になって、世界的な市場の広がりを見せています。
昆虫を食べている「のに」、栄養に問題
ラオスはASEANの中でも最も経済発展が遅れ、世界の最貧国と言われています。現在でも周辺国に比べ多くの乳幼児が低体重、低身長の問題を抱えていることから、社会全体の栄養改善が必要な地域です。同時に、伝統的に昆虫食文化が定着しており、田舎の貧困家庭からそこで活動する保健局の職員、都会の病院長まで、多くのラオス人は所得に関係なく、昆虫を食べた経験と必要な知識をもっています。ところが、貧困家庭においては、主食の米以外を自然食材に依存していることから、炭水化物は十分でありながら、それ以外の栄養摂取に季節依存性、労働時間依存性があり、労働力が十分でない貧困家庭では栄養が不安定になる傾向があります。つまり、ラオスの貧困家庭は昆虫を食べている「のに」、栄養に問題を抱えているのです。メディアで取り上げられるような「昆虫を食べれば食料問題が解決」ということはここラオスにおいては全くなく、昆虫が簡単に、安定的に食べられる新しいシステムの技術革新と実装研究が必要なのです。
SNS昆虫学の実践
私が日本で昆虫食の研究を始めたとき、昆虫食を昆虫学的に見直そうと決めました。ところが、昆虫分類学だけでも、膨大な知識量が必要です。そして、一人の専門家が昆虫のすべてを網羅しているのではなく、昆虫分類においても一人あたり数千種と言われていて、棲み分けがあることが分かりました。「カメムシ屋」「アリ屋」と分類群で呼ばれる昆虫研究者・愛好家は「虫屋」と呼ばれ、ネットワークで昆虫学を実践していました。幸いにも、昆虫を愛好する人たちは昆虫を食べる私のような変人も受け容れてくれ、ここラオスにおいてもSNSやメールを介して様々な昆虫専門家と連絡をとり、知識、技術両面から支援を受けています。とはいっても昆虫の種類は膨大で、すべてを総当たりで検討するわけにはいきません。昆虫学をベースとして、ラオスの実情に応じた食用昆虫の選定を行わなくてはならないのです。
昆虫学をベースとした昆虫利用の絞り込み
本プロジェクトで注目しているのは、ラオスの豊富な日光・水量を有機物へと転換する植物を「昆虫を使って」濃縮利用することです。
貧困家庭でも養殖可能な昆虫として、いくつかのバッタとカイコ(エリサン)を選定しました。いずれも大量の葉を処理してタンパク質を濃縮することができ、エサとなる葉は排水の悪い土地にはイネ科を、乾燥して土壌の痩せた土地にはキャッサバを対応させることで、支援地域のどんな場所でも容易に植物を育て、それを濃縮してタンパク質を得ることが可能になることを期待しています。イネ科やキャッサバなど、炭水化物を得ることに特化した作物を昆虫で処理することでタンパク質を取り出す技術が普及すれば、将来的にはより付加価値の高い肉食の家畜、スズメバチやタガメ、ナマズなどを自給的に養殖できる未来もあります。まずは私たちが挑戦すべきは栄養改善ですが、その先には昆虫養殖技術をもつ村人による所得の向上と、ラオス発のバイオイノベーションの可能性も秘めています。
ビジネスとして世界的に注目されているのはコオロギです。コオロギは飼料転換効率が高く、養殖が容易でありながら採集品と同等の高値で流通していることから、主にタイの東北部で所得向上に貢献しています。しかしエサとなる配合飼料には輸入飼料が使われるため、ラオスの貧困家庭にとっては高価で、その中に20%ほどタンパク質が含まれる必要があるため、配合飼料の買えない貧困層がコオロギの餌を自給することは困難です。むしろコオロギの餌と食用のタンパク質が競合しかねません。そのため、現段階では栄養改善ではなく生計向上のプロジェクトとして利用することが望ましいでしょう。 今後、バッタやカイコによるタンパク質自給が可能になれば、コオロギも配合飼料を買うことなく養殖が可能になると考えられます。
文化に寄り添う栄養改善活動へ
国際協力においては、ラオスの文化に寄り添った支援が理想ですし、定着もよいでしょう。ところが日本を始め支援側の先進国のほとんどは現在、昆虫食文化をもちません。すると、ラオス文化と先進国文化が共通する部分にどうしても支援が偏ってしまうのです。具体的にはウシブタニワトリ、そして野菜などです。もちろん、ラオスにそのような「国際的な」食材が定着することの恩恵もあります。価格と量の安定化です。かならず現金化ができるほどの流通量と安定した価格は、「ヤギを売ればテレビが買える」ような安定した資産として家畜の価値が定まります。日本を含めて多くの国で食の西欧化が進んでいる理由も、より大きな市場経済に飲み込まれることで、食材の価値安定化の恩恵が得られるから、ともいえそうです。
一方で、昆虫食を始めとする「未開な」食材は野蛮であったり、栄養の足りない地域で仕方なく食べられているような偏見にさらされています。その偏見がさらに開発途上国において食の西欧化を進める要因にもなります。そして、恩恵を得られるのは現金収入をもつ富裕層で、現金収入のない貧困層はさらに、自給食材の不安定にさらされながら、安定化するための技術協力も得られない状況となっています。つまり西欧化した食材と、そうでない野生食材とで、格差が起こっているのです。ここはその格差の是正のために、支援をすべき時期だと考えます。
今回滞在する中で、気をつけているのは昆虫食「も」含めた栄養改善を目指すことです。あくまで地域のニーズに応じた支援をすべきで、「昆虫食ありき」になってしまわないよう、本当にその目的に昆虫が合致しているのか。より実績があって導入しやすい別の作物で代替したときと何が違うのか。しっかり議論を繰り返し、昆虫食のラオスにおける意義と、その将来性を一歩一歩確かめています。
NPO法人食用昆虫科学研究会 理事長 佐伯 真二郎
オオカメムシを油で炒めてヂェオ(辛味噌)に加える
ヂェオをもち米につけて味見する
アウトリーチ活動のメンバー
おばあさんと孫娘がおやつにするため
捕まえたカミキリムシの幼虫
道端で売られていたダイコクコガネ